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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)4644号 判決 1983年6月28日

原告

水田幸代

原告

水田慎治

右法定代理人親権者母

水田幸代

右原告両名訴訟代理人

森田昌昭

神部範生

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

井上經敏

外八名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告水田幸代に対し金五四五万二〇四〇円及びこれに対する昭和四五年五月一二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告水田慎治に対し金三九四〇万六一六二円及びこれに対する右同日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮定的に、担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの身分関係

(一) 原告水田幸代は訴外亡水田弘(以下亡水田」という。)の妻であり、原告水田慎治は亡水田の長男である。

(二) 亡水田は、後記本件事故当時、航空自衛隊第二航空団所属の自衛隊員で、その階級は二等空尉であつた。

2  本件事故の発生

亡水田は、昭和四五年五月一二日午前一〇時二〇分ころ、航空自衛隊第二航空団の低高度要撃訓練(以下「本件要撃訓練」という。)において、二機編隊(以下「本件編隊」という。)の二番機(同航空団所属のF一〇四ジェット戦闘機、以下「事故機」という。)を操縦して北海道千歳市平和所在の航空自衛隊千歳飛行場を離陸し、その後訓練空域に至り一番機(編隊長機)に続き仮装敵機に対する攻撃訓練中、同日午前一〇時三五分ころ、北海道檜山郡厚沢部町山地付近において山腹に激突し、亡水田はそのショックにより死亡した(以下、右の事故を「本件事故」という。)。

3  被告の責任

(一) 国家賠償法二条一項の責任

(1) 事故機は航空自衛隊に所属する航空機であり、被告の管理にかかる営造物である。

(2) 事故機は、昭和四五年五月一二日午前一〇時二〇分ころ、千歳飛行場を二機編隊で離陸し、同日午前一〇時二二分ころ、高度八〇〇〇フィートで単縦陣隊形となり、編隊長機を追尾して上昇を続け、同二七分ころ、高度約二万二〇〇〇フィートに達して水平飛行を継続した。亡水田は、同二八分すぎころ、編隊長機からスピードブレーキを使用して降下するよう命ぜられたため、編隊長機の東側を左旋回するような形で別紙飛行経路図に赤線をもつて図示された航跡をたどつて降下し、高度約七〇〇〇フィートに達した。

(3) 次いで、亡水田は、同三一分ころ、編隊長機からスピードブレーキを引つ込めるよう指示を受けた。しかし、事故機のスピードブレーキに故障が生じ、これを引つ込めることができなかつたため、機速が低下して失速した。そこで、亡水田は、事故機の機速回復に努めたが、高度が不足していたため山腹に激突したものである。

(4) したがつて、本件事故は、事故機のスピードブレーキに故障が生じたことによるものであるから、被告の営造物の管理の瑕疵に基づくものである。

(二) 国家賠償法一条一項の責任

(1) 被告は、自衛隊員に対し、航空機に搭乗を命じ訓練飛行をさせる場合には、当該航空機の整備、点検、修理等に充分注意してこれをさせる義務がある。

(2) しかるに、被告は、事故機のスピードブレーキ及びこれを作動させる一切の装置(以下これらを併せて単に「スピードブレーキ系統」という。)の整備、点検、修理等を慎重に実施すべき義務を怠つたため、その過失によつて本件事故が発生した。

(三) 安全配慮義務違反による責任

(1) 被告は、自衛隊員に対し、自衛隊員をして公務遂行のため低高度要撃訓練を受けさせるに当つては、まず航空機の整備、点検、修理を充分になし、かつ、訓練空域特に要撃訓練が予定されている空域の気象状況と地形を充分に把握し、これに適した安全な訓練計画を立案したうえ、これを参加隊員に周知徹底させて安全に訓練を実施することにより、当該隊員の生命を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つている。ところが、被告は、左のとおりその義務を懈怠したため本件事故が発生した。

(2) スピードブレーキ系統の整備、点検、修理等の不履行

前記3(二)のとおり、被告が事故機のスピードブレーキ系統の整備、点検、修理を充分になす義務を怠つたため、スピードブレーキに故障が生じ、これを引つ込めることができなくなり本件事故が発生した。

(3) 飛行運用上の義務違反

本件事故当日の千歳飛行場における午前一〇時の気象現況は、二〇〇度の方向から一七ノットの風があり、同一〇時から同日午後四時までの予報では断続的に一七〇度の方向から二〇ノット、最大瞬間風速三〇ノットであつたこと、別紙飛行経路図上の「八雲」における同日午前九時の気象現況は二一〇度の方向から一〇ノットの風、雲高一〇〇〇フィート、八分の八の雲量があつたこと、同「森」における同日午前九時の気象状況は一八〇度の方向から一三ノットの風、しゆう雨、八分の八の雲量があつたことに照らすと、事故機が墜落した地点においては、乱気流が生じ、かなり強い下降気流があつたと思料される。また、事故機は墜落地点手前ではスピードブレーキを使用して降下していたので、機速はかなり低下し揚力もかなり減少しており、右下降気流のため事故機の高度計は実高度よりかなり高い高度を示していたと考えられるので、スピードブレーキを引つ込めるよう編隊長機の指示があつたときには、事故機は既に七〇〇〇フィートよりかなり高度が低下していたものと思料される。以上の諸点に照らすと、事故機は乱気流に巻き込まれて操縦不能となつたか、高度を失つて墜落したものと思料される。

そこで、被告は、本件要撃訓練空域の気象状況を充分に調査し、対地高度を三〇〇〇フィートよりかなり高い高度に設定し、あるいは右調査結果を事前に充分ブリーフィングして、事故機が乱気流に巻き込まれないように配慮して亡水田を危険から保護すべき義務があつた。

しかるに、被告は、亡水田に対し気象状況をブリーフィングせず、かつ、対地高度を漫然と二〇〇〇ないし三〇〇〇フィートと設定し、右義務を怠つたため本件事故が発生したものである。<中略>

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2(一)  同3(一)(1)のうち、事故機が航空自衛隊に所属する航空機であることは認める。同(2)のうち、事故機が昭和四五年五月一二日午前一〇時二〇分ころ千歳飛行場を二機編隊で離陸したこと、亡水田が同二八分すぎころ編隊長機からスピードブレーキを使用して降下するように命ぜられ、編隊長機の東側を左旋回するような形で別紙飛行経路図に赤線をもつて図示された航跡をたどつて飛行したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(3)のうち、亡水田が午前一〇時三一分ころ編隊長機からスピードブレーキを引つ込めるよう指示を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(4)は争う。

(二)  同3(二)のうち、(2)の事実は否認する。

(三)  同3(三)(1)のうち、被告が安全配慮義務を懈怠したため本件事故が発生したことは争う。同(2)の事実は否認する。同(3)のうち、事故機が墜落した地点において乱気流が生じ、かなり強い下降気流があつたと思料されること、下降気流のため事故機の高度計が実高度よりかなり高い高度を示していたと考えられること、事故機が乱気流に巻き込まれて操縦不能となつたか高度を失つて墜落したものと思料されること、被告が亡水田に対し気象状況をブリーフィングせず、かつ、対地高度を漫然と二〇〇〇ないし三〇〇〇フィートと設定したことはいずれも否認する。

3(一)  同4(一)のうち、(1)ないし(3)は争う。同(4)のうち、原告水田幸代が亡水田の妻であり、原告水田慎治が亡水田の長男であることは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同4(二)は争う。

(三)  同4(三)の事実は知らない。

(四)  同4(四)のうち、(2)及び(4)の事実は認め、その余の事実は否認する。

退職手当金は金一一六万五五〇〇円、葬祭補償金は金二二万七四六〇円である。

(五)  同4(五)は争う。

(六)  同4(六)のうち、原告らが被告に対し損害賠償の請求をなしうることは争い、原告らが本件原告ら訴訟代理人に本訴の提起追行を委任したことは認め、弁護士費用の点は知らない。

4  本件事故につき被告の責任は存在しない。

(一) 事故機の整備、点検、修理等の実施状況について(請求原因3の(一)、(二)及び(三)(2)に対して)

(1) 事故機を含む航空自衛隊におけるF一〇四ジェット戦闘機は、「航空自衛隊航空機等整備基準」に定められた計画整備(予め実施期間及び点検項目等を定め計画的に実施する整備作業で、①飛行前点検、②毎飛行後点検及び飛行する日の最終飛行終了後に行う基本飛行後点検、③飛行二五時間毎に行う定時飛行後点検、④飛行二〇〇時間毎に行う定期検査、⑤二四か月毎に航空機製造会社に委託して行う機体定期修理などの整備体系に分かれる。)と計画外整備(航空機の不具合事項発生の都度実施する整備作業である。)とにより、常に正常な状態に維持管理されている。

(2) 事故機の計画整備は次のとおり適切に実施されている。即ち、①飛行前点検については、本件事故当日の午前八時三〇分から同九時三〇分までの間第二〇三飛行隊の整備員により所定のとおり実施され、何らの異常も認められていない。②毎飛行後点検及び基本飛行後点検については、本件事故日以前の最終飛行日である昭和四五年五月七日に実施され、異常は認められていない。③定時飛行後点検については、同年三月二三日に所定のとおり実施され、一部の部品交換等をしたほか異常は認められておらず、同点検実施後の飛行時間は二三時間であつた。④定期検査については、昭和四四年一〇月三〇日に完了し、同検査実施後の飛行時間は一二三時間余りであつた。⑤機体定期修理については、昭和四三年一二月二五日に訴外三菱重工業株式会社において所定の修理を完了し、同修理後の飛行時間は約一七か月間に約三一四時間であつた。なお、右の計画整備のほか、亡水田自身が本件事故当日の飛行前に実施した事故機の機内外点検及びエンジン始動後の点検においても、何ら異常は認められなかつた。

このように、事故機については、適切な整備、点検及び修理等が実施され、正常な状態に維持管理され、何らの異常も認められなかつたものである。したがつて、事故機のスピードブレーキに故障が生じたことが本件事故の原因であり、その故障は被告の不完全な整備、点検、修理等に起因するとの原告らの主張は失当である。

(二) 気象状況のブリーフィング及び対地高度の設定について(請求原因3(三)(3)に対して)

本件事故当日の本件要撃訓練における気象状況については、気象隊の予報官が亡水田にブリーフィングをなしている。また、右訓練における対地高度は、四〇〇〇ないし五〇〇〇フィートの雲頂を基準とし、同雲頂上一〇〇〇フィートが最低高度で、右雲頂上二〇〇〇ないし三〇〇〇フィート位が目標機に対して攻撃する予定高度となるように設定されたものであり、この点についても亡水田にブリーフィングがなされている。

したがつて、被告が、亡水田に対し気象状況をブリーフィングせず、かつ、対地高度を漫然と設定したとの原告らの主張は失当である。

(三) 本件事故原因について

本件事故は、専ら亡水田の誤操縦による自過失に基因するものである。即ち、事故機には機体の不具合は全くないこと、事故機はエンジンが最大推力の状態で水平に飛行してきて山腹に激突していることなどに照らすと、本件事故の原因は、操縦者である亡水田の誤判断及び誤操縦に基づくものと推定される。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(原告らの身分関係)及び2(本件事故の発生)の各事実は当事者間に争いがない。

二本件事故発生の原因について

1  本件事故に至る経緯及び本件事故の状況並びに被告の本件事故調査結果

事故機が航空自衛隊に所属する航空機であること、事故機が昭和四五年五月一二日午前一〇時二〇分ころ航空自衛隊千歳飛行場から二機編隊で離陸したこと、亡水田が同二八分すぎころ編隊長機からスピードブレーキを使用して降下するよう命ぜられ、編隊長機の東側を左旋回するような形で別紙飛行経路図に赤線をもつて図示された航跡をたどつて飛行したこと、亡水田が同三一分ころ編隊長機からスピードブレーキを引つ込めるよう指示を受けたことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ<る。>

(一)  昭和四五年五月一二日午前一〇時二〇分ころ、一番機である編隊長機に搭乗した訴外勝又昇二等空尉(以下「勝又編隊長」という。)と二番機に搭乗した亡水田とがそれぞれ操縦するF一〇四ジェット戦闘機の二機編隊(本件編隊が、本件要撃訓練(高度一万フィート以下を飛行してくる目標機に対し要撃する訓練)のため、スクランブル・オーダー(緊急発進指令)に基づき、千歳飛行場を編隊離陸した。

(二)  離陸後、勝又編隊長は亡水田に対し、バックオフ(編隊長機の後方に後退すること)して編隊長機の後方三ノーチカルマイル(約5.56キロメートル)に離れて単縦陣隊形をとるように指令した。

(三)  青森県むつ市大湊所在の大湊レーダーサイトの本件訓練の要撃指令官訴外高谷繁美(以下「高谷要撃指令官」という。)は、レーダースコープ上の映像を見ながら無線により編隊長機と交信をして本件編隊を目標機に誘導する任務についていたが、事故機も右無線と同じ周波数を使用しているので、亡水田は右交信内容を傍受することができた。

(四)  高谷要撃指令官は、本件編隊離陸直後の午前一〇時二一分ころから編隊長機と交信を開始し、そのころ勝又編隊長に対し高度二万フィートまで上昇するように指示し、同二七分ころまで即ち別紙飛行経路図上のの地点までは本件編隊を同図面上の赤線(事故機の航跡)及び青線(編隊長機の航跡)のとおりに誘導し、同二九分すぎころまでは同図面上の赤線の航跡どおりに飛行する事故機をレーダー上に捉えていた。また、高谷要撃指令官は、要撃目標機が、同二六分ころ奥尻島の東南部から東方に向つて高度約二万フィートで侵入してきて、同二八分ころ高度一万七〇〇〇フィートに降下し、更に同三一分ころには高度約七〇〇〇フィートに降下するのをレーダー上に捉えたので、本件編隊に対し、同二九分ころ高度二万フィートから同一万五〇〇〇フィートへ、更に同三二分ころ高度七〇〇〇フィートへとそれぞれ降下するように指示した。

(五)  勝又編隊長は、大湊レーダーサイトの高谷要撃指令官から受けた右のような指示やその他の情報を参考にしつつ、次のような飛行経路をとつた。即ち、離陸後午前一〇時二五分ころには高度二万フィートまで上昇して水平飛行をしていたが、同二七分ころに雲が多くなつたのでこれを回避するため高度二万二〇〇〇フィートに上昇し、同二八分すぎころ別紙飛行経路図の編隊長機飛行経路上のS/Bの位置から、スピードブレーキを使用し、エンジンパワーを八五パーセントに絞り、降下速度四〇〇ノットで高度七〇〇〇フィートへ向けて通常降下による南下を開始し、その後同高度に至る手前でスピードブレーキの使用を停止し、同三一分ころから高度七〇〇〇フィートで水平飛行に移つた。なお、編隊長機の飛行経路は別紙飛行経路図上の青線のとおりであり、午前一〇時二〇分に離陸してから毎分経過後における同機の位置は同図面上の算用数字を丸印で囲んだ位置のとおりであつた(例えば、同図面上のは午前一〇時二一分時点における同機の位置を示すものであり、この点は同図面上の事故機に関しても同様である。)。

(六)  勝又編隊長は、スピードブレーキの使用を開始した同二八分すぎころ、亡水田に対してもスピードブレーキを使用して降下するように指示したところ、亡水田から「ツー」ということを了解した旨の応答を得たので、今度は同三一分ころスピードブレーキの使用を停止するように指示したところ、亡水田からは何の応答もなく、その後前記のように高度七〇〇〇フィートで水平飛行に移つてから目標機を発見し、目標機の方位や高度を知らせるため亡水田と交信しようとしたが、やはり応答はなかつた。

(七)  亡水田は、離陸後墜落に至るまで別紙飛行経路図上の赤線の航跡のとおりに飛行したものであるが、これによれば、同二八分すぎころから、亡水田は、その進路を南方にとり編隊長機の後方を追従して飛行すべき義務に反して、同機の東側を同機とほぼ平行に飛行し、同三一分ころ北海道檜山郡厚沢部町の右図面上の星印の地点において、標高約二七一四フィートの山の頂上よりやや下方の高度約二六〇〇フィートの北側岩盤に、同所に至る樹木を水平に切り倒すような角度で進入してきて衝突したものである。なお、亡水田は、この間、高谷要撃指令官あるいは勝又編隊長その他に対し、事故機に故障その他の異常が発生した旨あるいはその発生をうかがわせる類の報告を何も行つてはいない。

(八)  高谷要撃指令官は、事故機の飛行高度の測定をしておらず、また勝又編隊長も編隊長機には事故機を捉えるレーダー装置がないため事故機の位置や高度を確認することができなかつたものであり、結局事故機が離陸後本件事故発生に至るまでの間如何なる高度を飛行していたかは不明である。

(九)  事故機に装備されていた高度計は、海抜高度のみを示す高度計であるため、飛行中における対地高度については、目視によつて操縦士が判断する以外に測定方法がない。

(一〇)  本件事故発生後、航空自衛隊の事故調査委員会では、

右(一)ないし(九)に認定した諸事実及び後記事故機の整備状況や事故現場付近の気象状況等の調査に加え、本件事故現場に臨んで粉々になつた事故機の部品、特にエンジン、緊急脱出装置、計器類等を回収するなどして本件事故原因を多角的に調査したが、その結果、本件事故発生直前における事故機のエンジン出力がほぼミリタリー(最大推力)に近い状態であつたこと、破損した高度計の文字盤には事故機の衝突時における飛行高度を示す高度計の針の位置の痕跡が残されていたが、右痕跡は事故現場付近の高度を示しており、事故機の高度計に異状は発見されなかつたし、その他にも事故機についての故障や不具合の箇所は発見されなかつたこと、本件事故発生直前に事故機を地上で目撃した者の後記供述及び下層雲の雲底が後記認定のとおり約三〇〇〇フィートであつたことと事故機がエンジン出力ミリタリーに近い状態でほぼ水平に山腹へ衝突していることなどに照らすと、事故機は午前一〇時二九分ころの時点では高度約三〇〇〇フィートを飛行していたものと考えられること、しかし、事故機の通常降下率は毎分約一万三〇〇〇フィートであり、現に編隊長機も同二八分から同三一分までの約三分間で高度二万二〇〇〇フィートから同七〇〇〇フィートへと一万五〇〇〇フィート程度しか通常降下していないことなどに照らすと、事故機は同二八分の時点では編隊長機と同じ二万二〇〇〇フィートの高度を飛行してはいなかつたものと推定されることなどの点を総合考案して、本件事故の原因は、結局のところ、不明である、との結論を下した。

2  事故機の整備状況について

<証拠>によれば、航空自衛隊においては、事故機を含むF一〇四ジェット戦闘機に関しては、その飛行時間あるいは期間を基準にして前記請求原因に対する認否及び主張の4(一)(1)において被告が主張しているとおりの整備体系を設けて点検、検査、修理等を行つており、事故機についても右整備体系に従つて右4(一)(2)において被告が主張するとおりの計画整備が随時適切に実施されてきたこと、そのうえ操縦士自身も飛行前点検を行つているが、亡水田から事故機の不具合についての連絡はどこに対しても全くなく、離陸後も事故機の不具合について亡水田は勝又編隊長やレーダーサイトあるいは高谷要撃指令官などに対し何らの報告もなしていないことが認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。

3  事故現場付近の気象状況

<証拠>によれば、次の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。即ち、本件事故当日の午前九時から同一〇時にかけての別紙飛行経路図上の「千歳」付近の気象状況は、一七〇度ないし二〇〇度の方向から一七ノットの風、視程二〇ないし三〇キロメートル、しゆう雨、気圧985.6ないし985.4ミリバール、高度三〇〇〇フィートから同一万五〇〇〇フィートの間に雲量八分の八の積雲及び高度二万七〇〇〇フィート以上に同雲量の絹雲が存在するという状況で、同「森」付近の同日午前九時における気象状況は、一八〇度の方向から秒速6.5メートルの風、視程五〇キロメートル、降水量零に近いしゆう雨、気圧984.8ミリバール、雲量一〇分の九の積雲が存在するという状況で、同「函館」付近の同日午前九時における気象状況は、二一〇度の方向から秒速7.5メートルの風、視程八キロメートル、降水量零に近いしゆう雨、気圧九八六ミリバール、雲量一〇分の一〇の積乱雲が存在するという状況で、右各地は強い低気圧におおわれ雲量もかなり多かつたこと、勝又編隊長が、前記認定のとおり、同日午前一〇時二八分すぎころスピードブレーキを使用して降下を開始してから本件事故発生に至るまでの間における編隊長機と事故機の進路前方の雲の存在状態は殆んど同様であつたこと、勝又編隊長が右降下途中に存在した中層雲を突つ切つて同三一分ころから高度約七〇〇〇フィートで水平飛行に移つたときには、同機の下方に高度約五〇〇〇フィートを雲頂とする下層雲があつたこと、右の中層雲の雲中を通過して降下することは亡水田程度の技量があれば困難ではないこと、また本件事故発生直前において事故機を地上において目撃した者がおり同目撃者らの供述を総合すると本件事故発生時における事故現場付近の右下層雲の雲底が約三〇〇〇フィートであつたと推定されること、そして高度約三〇〇〇フィートから同五〇〇〇フィートの間に存在した右下層雲の雲中においては、前記低気圧の影響等により天候が不良で強い風が吹いており視界も悪かつたこと、以上の各事実が認められる。

4  以上1ないし3に認定の諸事実に基づいて検討する。

原告ら主張に係る、スピードブレーキ系統の故障が本件事故の原因である、との趣旨は、要するに事故機が午前一〇時二八分すぎころの時点で編隊長機と同じく高度二万二〇〇〇フィート付近を飛行していたものであれば、その後同二九分までのわずか一分間に前記1(一〇)に認定のとおり高度約三〇〇〇フィートまでの約一万九〇〇〇フィートを急降下することになるが、このような現象は通常降下では不可能であつて、スピードブレーキに故障が生じたりして事故機が真逆さまに墜落でもしない限りは起こりえないことである、というにあるものと理解される。

しかしながら、事故機については、前記認定のとおり、整備体系に従つて充分な整備、点検、修理等がなされていたこと、亡水田は飛行前点検時から本件事故発生時までの間事故機について不具合が発生した等の報告は全く行つていないこと、離陸後午前一〇時二八分すぎころまでの間、事故機が如何なる高度で飛行をしていたかについてこれを明らかにすべき確実な証拠は何ら存在せず、事故機が編隊長機と同じ高度で飛行をしていなかつた可能性も十分ありうること、亡水田は単縦陣隊形で編隊長機から三ノーチカルマイル後方を同機に追縦して飛行すべき義務があつたが、午前一〇時二八分すぎころから右義務に反して編隊長機の東側を同機とほぼ平行に飛行しているところ、これは亡水田が編隊長機を見失つたためである可能性が強く、その後は何らかの原因で機位の判断を誤る状況に陥つたとも考えられること、亡水田が緊急脱出装置を操作した形跡は認められないこと及びエンジン出力ミリタリーに近い状態でほぼ水平に飛行してきて山腹に衝突していることなどから、事故機は衝突直前においてもなお航行継続可能な状態にあつたと推認されること、事故機に装備されていた高度計は、前記1(九)及び(一〇)に認定のとおり、正常に機能していたものと考えられるが、海抜高度のみを示す高度計であり、対地高度は目視に頼るしか方法がなく、かつ、高度約三〇〇〇フィートの本件事故現場よりやや上空には下層雲の雲底が存在し、同下層雲中では天候が不良で視程も悪く強風も吹いていたのであるから、亡水田が高度計の指針や地形を見誤つた可能性も考えられること、事故現場付近の気象状況は前記3に認定のとおりであるが、事故機の操縦を不可能ならしめるほどの乱気流や強い下降気流が発生していたことを認めるに足りる証拠は存在しないことなどの諸点に照らすと、原告ら主張のように、本件事故の原因がスピードブレーキ系統の故障によるものであるとするにはなお十分でないものがある、といわなければならない。そして他に原告らの右主張を正当とすべき事実関係を肯認するに足りる証拠もないから、原告らの右主張は採用できない。

三被告の責任について

1  国家賠償法二条一項の責任

前記二4に認定説示したとおり、本件事故原因が営造物である事故機のスピードブレーキ系統の故障によるものであるとの原告らの主張は、結局その証明を欠くことになる。したがつて、右の故障の存在を前提とする原告らの国家賠償法二条一項に基づく主張は、これを採用することができない。

2  国家賠償法一条一項の責任

被告が事故機について充分な整備、点検、修理等を実施していたことは、前記二4に認定説示のとおりであるから、被告に事故機のスピードブレーキ系統の整備、点検、修理等を慎重に実施すべき義務を怠つた過失があり、国家賠償法一条一項の責任があるとの原告らの主張は、これを採用することができない。

3  安全配慮義務違反による責任

(一)  スピードブレーキ系統の整備、点検、修理時の不履行の有無について

被告が事故機について充分な整備、点検、修理等を実施していたこと及び事故機のスピードブレーキ系統に故障が発生したことの証明がないことは、それぞれ前記二4及び三1に認定説示のとおりである。したがつて、被告が右整備、点検、修理等を充分に実施する義務を怠つたため、スピードブレーキに故障が発生したことが本件事故の原因であることを前提として、被告にはスピードブレーキ系統の整備、点検、修理等の実施上、安全配慮義務の懈怠があつた旨の原告らの主張は、その前提を欠き失当である。

(二)  飛行運用上の過失の有無について

(1) 原告らは、事故機が墜落した地点においては、乱気流が生じてかなり強い下降気流があり、右下降気流のため事故機の高度計は実高度よりかなり高い高度を示していたうえ、スピードブレーキを使用して降下してきたため機速がかなり低下し、揚力もかなり減少していたと考えられるので、事故機は乱気流に巻き込まれて操縦不能となつたか高度を失つて墜落したものと思料されるところ、被告は、亡水田に対し気象状況をブリーフィングせず、対地高度も慢然と二〇〇〇ないし三〇〇〇フィートと設定した点において安全配慮義務の懈怠があつた旨主張する。

(2) しかしながら、本件事故現場付近において操縦を不可能ならしめるほどの乱気流や強い下降気流が生じていたことを認めるに足りる証拠は存在しないこと、また事故機に装備されていた高度計は正常に機能していたものと考えられること、更に事故機はエンジン出力ミリタリーに近い状態でほぼ水平に飛行してきて山腹に衝突していることなどは、いずれも前記二4に認定説示のとおりであるから、原告らの右主張はその前提を欠くものである。

(3) そのうえ、前記二4に認定説示したとおり、本件事故原因については、その可能性が種々想定されうるところ、結局原告らの全立証その他本件全証拠によるも、本件事故の原因が原告ら主張のスピードブレーキ系統の故障によるものと断定しえず、しかも右の想定に関して明確にこれを特定することもできないのである。そして、事故機が乱気流に巻き込まれて操縦不能となつたか高度を失つて墜落したものと思料される旨の原告らの主張事実についても、原告らの全立証その他本件全証拠によるもこれを認めることができない。

(4) また、<証拠>によれば、本件事故日前日の昭和四五年五月一一日の夜半にかなり強い低気圧が北海道を通過して全般に悪天候であつたこと、翌五月一二日の千歳付近の天候は次第に回復しつつあつたが、なお九八五ミリバール程度の低気圧におおわれていたこと、勝又編隊長は、同日の朝航空自衛隊の気象隊幹部から本件要撃訓練空域の気象状況について説明を受けていること、高谷要撃指令官は、勝又編隊長に対し、同人が飛行機に搭乗する以前に、地上電話により、対地高度二〇〇〇ないし三〇〇〇フィートで本件要撃訓練を実施する旨のブリーフィングをなしたこと、ジェット戦闘機操縦士として標準以上の飛行技術と技量を有する一方、低高度要撃訓練を一か月当り三ないし四回程度行つており、ジェット戦闘機操縦士として本件要撃訓練当日における訓練空域の気象状況についても十分な関心を有していた亡水田は、気象隊幹部から編隊長を介して右気象状況の説明を受けることにより、被告が提供する右気象状況についての情報を得る等、編隊長同様に前記のブリーフィングを受けていたことが認められる。右認定を左右すべき証拠はない。

そしてまた、右の各証拠によれば、右の訓練高度は「対地高度」という表現によつて設定されるが、右対地高度とは訓練空域内の地表(山や平地)を基準とし、同所から訓練飛行機までの高度を意味するものであること、本件事故当日の訓練高度は、本件要撃訓練空域内における一番高い山(海抜高度約四〇〇〇フィート)を基準として設定されたので、ブリーフィングで指示された対地高度二〇〇〇ないし三〇〇〇フィートとは海抜高度六〇〇〇ないし七〇〇〇フィートを意味すること、低高度要撃訓練に際し雲が存在する場合には、雲より一〇〇〇フィート以上の上空で訓練を実施していたことなどの事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右の事実と前記二1及び3に認定したとおり、本件事故発生当時、本件事故現場付近に存在した下層雲は、その雲底が海抜高度約三〇〇〇フィートで雲高が同五〇〇〇フィートであり、右雲の中は天候が不良であつたこと、高谷要撃指令官は勝又編隊長に対し、海抜高度七〇〇〇フィートに降下して目標機に接近するように指示したこと、そして亡水田は、右指令官と編隊長間における右指示その他の交信内容を傍受することができたことなどの事実とを併せ考えると、本件要撃訓練においては、右下層雲中の悪天候を避け、同下層雲の雲頂より一〇〇〇フィート以上の上空で訓練をするように対地高度が設定され、現に高谷要撃指令官は目標機と同じ七〇〇〇フィートの海抜高度で要撃訓練を実施するよう本件編隊に指示しているものであるから、被告が対地高度を二〇〇〇ないし三〇〇〇フィートと設定したことに不適切な点があつたものとすることもできない。

(6) 以上の検討結果によれば、原告らが指摘する、気象状況のブリーフィングの実施及び適切な訓練高度の設定の各点について、被告に安全配慮義務違反があつたとすることはできず、他に本件事故が被告の安全配慮義務違反によつて発生したものとするに足りる事実関係を肯認すべき資料もないから、原告らの前記安全配慮義務違反に関する主張はこれを採用することができない。

四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(仙田富士夫 井上繁規 芝田俊文)

別表第一ないし第四<省略>

飛行経路図<省略>

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